2014年11月12日水曜日

前に向かうエネルギーがわいてくる村上スピーチ

  作家の村上春樹氏のエッセイを読むと、その人物像に接する場面があります。
  プロ野球ヤクルトのファンで、東京の神宮球場に太巻き持参で出かけること、運転する車が信号で止まると、車内で歯を磨く習慣があり、歯科では歯がきれいだとほめられること、農耕民族の一員として早起きの生活を送っていること等々。
  フィクションも交えているといいますから、どこまで真実かは定かではありませんが、太巻き好きで早起きをめざす私としては描写に親近感を覚えます。

  その村上氏が11月7日、ドイツの日刊紙ウェルトの文学賞を贈られたさいにおこなったスピーチは、非常に印象深いものでした。
  9日で崩壊から25年となるベルリンの壁にちなんだ十分余のスピーチ。現実は暴力的でシニカル(冷笑的)だと述べつつ、「誰もが想像する力を持っています」「壁のない世界を語ることはできます」と言及。それは、「くじけずに、より良い、より自由な世界についての物語を語り続ける静かで息の長い努力」で可能だと指摘しています。
  つまり、現状に対して悲観主義に陥ることを戒めています。だれでも「自由な世界」を指針にして粘り強く努力を重ねるならば、国際的紛争や日常の不条理などの「壁」は突破できるという極めて前向きなスピーチです。新たなエネルギーがわいてくるようです。
  また、「壁と闘っている香港の若者にこのメッセージを送りたい」との発言は、自由や民主主義を願う若い世代への明確な連帯表明です。励まされる人は少なくないでしょう。

  こうした爽快感は、最近読んだ氏の長編「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(2013年刊、写真)でも経験しました。
  同作品には、主人公が交際する女性との会話で「義務」や「権利」の言葉を用いたさい、女性から「できれば、そういう言葉を出さないでほしい。なんだか憲法改正の議論をしているみたいだから」と諭される場面があります。平和や基本的人権に挑戦する「憲法改正」の議論に好感を抱いていないことをうかがわせる描写でした。
  同作品の英語版は8月、米紙ニューヨーク・タイムズのベストセラーランキングで首位になったといいます。
  世界で活躍する作家が語る「自由な世界」とそれに向けたたたかいの意義――引き続き注視していきたいテーマです。