久し振りにやってきた息子がラーメンを作ってくれました=写真=。
凝っていたのはスープ。昆布、カツオ、豚肉、鶏挽き肉という海と山の幸が時間をかけてブレンドされ、具には卵、ホウレンソウ、ネギ、チャーシューを。
奥深いうまみが広がり、満足感の高い一品でした。
久し振りにやってきた息子がラーメンを作ってくれました=写真=。
凝っていたのはスープ。昆布、カツオ、豚肉、鶏挽き肉という海と山の幸が時間をかけてブレンドされ、具には卵、ホウレンソウ、ネギ、チャーシューを。
奥深いうまみが広がり、満足感の高い一品でした。
淡いピンク色の小さめの花。山桜と豆桜が交配して生まれた冬桜です。
近所の人によれば、「例年咲くのは12月初め。ことしは早い」とのことです。
憲法9条は、戦争放棄にとどまらず、戦力不保持、交戦権否認を定めています。
この九条をいま本当に変える必要があるのでしょうか。
■作家の向田邦子さんはエッセー「鹿児島感傷旅行」の中で、戦前、列車が福岡の八幡製鉄所のそばを通過するさい、陸軍の憲兵により、列車の窓が閉められたと記しています。軍部により、情報や国民が統制されていたことを示す事例の一つです。
こうした軍部が闊歩した先は戦争への道でした。アジア・太平洋戦争では310万人の日本国民と2000万人を超すアジア諸国民が犠牲になりました。
海老名の出兵数、戦死者数をご存知でしょうか。
出兵数は1350人。1940年(昭和15年)当時、海老名町の世帯数は1800世帯です。8割近い家から戦地に、「万歳、万歳」の声のもと駆りだされた。
そして450人が戦死しました。出兵した3割の方が海老名に帰ることができなかった。家庭の幸福も破壊された。戦争の本質は人の死といわなければなりません。
過日、憲法9条を守る署名に応じた高校生はその思いについて、「私の将来を台無しにしてほしくない」と力を込めて話しました。その通りだと思います。
憲法9条を守り抜く道は、命を守り、日本と世界の平和を築く大道です。
「甘利、やっぱり落ちたな」
「当然だよ」
「選挙事務所も選挙中なのに閑散としていたよ」
「いつもなら何回もかかってくる支持依頼の電話も、今回は一回もかかってこなかった」
2016年の現金授受疑惑を引きずる氏。31日夜の党本部で、記者団に「政治とカネの問題が逆風になったか」と問われると、苦しい胸の内をこう明かしたといいます。「いくら説明してもなかなか届かない。ジレンマを感じている」
そうでしょう。落選は当然だと話した先の方はきっぱり指摘します。
「甘利は、(現金授受疑惑を)『自分は知らなかった』と、繰り返し秘書のせいにするだけだ。上司として無責任だし、汚い」
こうした「言い逃れている」との受け止めが地元有権者にある限り、氏が何回も説明したと強弁したところで届かないはずです。説明の中身自体や真摯な反省こそ問われているのです。
甘利氏の今回の敗北は、政治の説明責任の重要性を改めて示しています。