2017年7月31日月曜日

けさの田んぼ

雨が上がったけさ、久しぶりに田んぼのある地域に散歩に出かけました。
 50㌢ほどに伸びた稲が鮮やかな緑色で広がっています。白鷺(しらさぎ)が8羽飛来していました。

2017年7月22日土曜日

野際陽子さんをしのんで

きっぷの良さのなかに 
  女優の野際陽子さんに、『脱いでみようか』(扶桑社)という少し刺激的なタイトルの著書がある。発行は1996年1月だから、ちょうど野際さんの還暦の年だった。
 同書に所属事務所の花見にふれた文章がある。場所は文京区小石川の桜並木。宴が盛り上がった頃、そばに陣取る学生たちの宴もにぎやかだった。事務所のN社長に、「行って演(や)んなきゃ!女優・のぎわようこなんだから―」と背中を押された野際さん、学生の輪のなかに飛び込む。
  「自己紹ォ介しまァすゥ」「のーぎーわーよーォーこー!富山県シュッシーン!立教大学シュッシーン!エヌエイチケイ、シュッシーン!」「今、『ジューンブライド』っていうドラマに出ているゾー。みんなちゃんと見ろよオ!」
  「見るゾー」と答える学生たち。「イッキいきまーす!」と言いながら、ドンブリの酒を一息で飲み干す野際さん。学生らの宴席につまみなどが全くないことを知ると、たこ焼きと一升瓶を差し入れてしまう。「ご馳走様でした」と言って帰っていく学生たち。
  きっぷの良さが伝わってくる場面だ。併せて学生らにも触れて次のように記している。
 「世の中はとても殺伐と暗いけれど、一日一日を真面目に、堅実に、そして楽しさも忘れずに頑張っている人達が沢山いるのだ」

戦争がないってすばらしい
  ユーモアのセンスがあって、庶民の目線をもつ。そんな野際さんが6月、81歳で亡くなった。2度仕事でお会いし、親近感も覚えていたので、しばらくの間、胸のなかに空洞ができたみたいだった。
  最初は1996年3月28日、フジテレビの社屋がまだ曙橋(新宿区)にあったとき、同会議室でお会いした。さっそうと現れ、平和に関わる問いに身を乗り出すように語る姿(写真)は格好良かった。
  敗戦時は小学4年生。幼い心にも戦時中は飛行機がいつ飛んでくるかもわからないという恐怖感があり、「ぱぁと解放された8月15日以降は全然違う夏休みになった。戦争がないってすばらしいと思いました」。
  娘が中学生だったときの教科書には、県立広島第二中学の親が原爆で死んだ子どもたちの最期を語った手紙「碑(いしぶみ)」が載っていた。「胸がつぶれるような作品です」と感情を込めて振り返った。前年のフランスの核実験についても、「好きな国だけに、そういうのはいやです」ときっぱり反対を表明した。

自由で誠実に生きたい
  2度目にお会いしたのは2011年8月11日。暑い昼下がり、市ヶ谷の喫茶店にニコニコしながらシックな服装でやってきた。再会を喜んでくれ、打ち解けた雰囲気のなかで取材が進んだ。
  同年3月に福島原発事故が発生していた。牛を飼う農家の惨状にふれて、「涙が出てきます」と心を寄せ、原発について「『だめだな』と思います」とはっきり語った。
  印象的であったのは、生きるうえで大事にしていることはとの問いに、「私は自由でいたいと思っています」と語ったこと。「自分の考え方、生き方は自分で選択したい。そして一生懸命誠実に生きる。悔いのないように生きていたい」。
  平和はもとより、自由や誠実が人生の大切な価値だった。不誠実な発言が与党政治家や官僚から平然とのべられる昨今、その聡明さや清々しさが懐かしい。

2017年7月19日水曜日

上州の共同浴場で

  石造りの共同浴場は清流が流れる河原にあった(写真)。入り口を開けると、すぐ脱衣場で数人でいっぱいになる狭さだったが、隅々まできれいだった。地域の人が当番で清掃をしているという。

 小さな天窓からは明かりが差し込み、浴槽に湯が勢いよく注いでいた。水を入れても熱く、入ったり上がったりを繰り返した。
  そうこうしていると、同年代と思われる男性が浴室に入ってきた。狭い浴室のこと、当然のごとく挨拶を交わし、話が弾むのに時間はかからなかった。

  男性は埼玉からキャンピングカーでやってきていた。ゴルフをやりながら温泉巡りをしているという。頚椎(けいつい)の具合いがあまりよくないと語るので、当方にも似た症状の身内がいると明かすと、どこそこの病院に通うといいと、親切にアドバイスしてくれた。
  帰りのバスの時間が迫ってきたので、失礼して浴室から出たが、先の男性も上がってきて、また“頚椎談義”となった。

 共同浴場の名も知らぬ裸同士ではおよそ地位も職業も関係がない。対話が進み、フレンドリーな関係になるのがうれしい。上州はある温泉場での出来事だった。

2017年7月13日木曜日

梅ジュースをグイ

 ことしも梅ジュースが出来上がりました。
 朝、冷水で割って小さなグラスでグイ。口に広がる梅の甘酸っぱさ。さわやかな気分になり、最後の一滴まで飲み干してしまうおいしさです。
 ことしは昨年よりたくさん作りました。楽しみが続くと思うと、小さな幸せを感じます。

2017年7月11日火曜日

思い出の食事 イカ刺し定食

 銅鑼が重々しく鳴った。函館の岸壁をゆっくり離れる青函連絡船。学校を卒業した私は希望する地元に就職できず、新天地に向かっていた。
 船室は雑魚寝型だった。船内の食堂にいそいそと出向く。津軽海峡はイカが豊富な漁場だ。「連絡船名物」のイカ刺し定食を迷わず注文した。
 どんぶりご飯・味噌汁・漬物付きの250円。イカは細切りされ透明感があった。地元流の生姜醤油で口に運ぶ。歯ごたえのある食感とともに、上品な旨みや甘味が口いっぱいに広がった。見知らぬ土地に向かう私の背中を押してくれるようだった。
 赴任先のまちに降り立つと、桜が満開だった。故郷の3月にはない淡い桃色の光景がまぶしかった。
 あれから40年余。同じまちに住み続け、社会進歩の目標も諦めなかった。食卓にはときどきイカ刺しが並ぶ。22歳の旅立ちのときの気持ちを思い出させてくれる。

2017年7月9日日曜日

アイスコーヒーとバウムクーヘン

  アイスコーヒーを久しぶりに飲みました。30度を超す暑い日が続くいま、ぴったりの飲み物です。
 濃厚なうまみが口に広がり、良質の卵の味わいがあるバウムクーヘンとともに堪能しました。