ラジオ体操の広場でも桜が咲き始めました=写真=。淡いピンク色の花が鮮やかです。
その横で、体操仲間のIさんが先の日米首脳会談に触れて言いました。
「日本側はホルムズ派兵について、世論の手前、憲法9条の『制約』を説明せざるを得なかったんでしょうね。朝鮮戦争やベトナム戦争のときも自衛隊は派兵されなかった。戦争や武力行使の放棄を定める9条の生命力は健在ですね」
Iさんは高校の元教員。見識ある発言に心強さを覚えました。
その横で、体操仲間のIさんが先の日米首脳会談に触れて言いました。
「日本側はホルムズ派兵について、世論の手前、憲法9条の『制約』を説明せざるを得なかったんでしょうね。朝鮮戦争やベトナム戦争のときも自衛隊は派兵されなかった。戦争や武力行使の放棄を定める9条の生命力は健在ですね」
Iさんは高校の元教員。見識ある発言に心強さを覚えました。
ある市民団体の講演会の終了後、会場の一室で講師の海老名香葉子さん(エッセイスト)を囲む懇親会が開かれました。手料理が並ぶ、なごやかな集いを懐かしむように振り返っていた海老名さんが亡くなりました。92歳。
1945年の東京大空襲では父母ら家族6人が犠牲に。戦災孤児となり、「歯ブラシもなかったので、歯を手で洗う毎日」でした。でも負けなかった海老名さん。痛苦の戦災体験をエネルギーに、戦争反対・平和の尊さを憲法も力に訴え続けました。いつでも、どこでも、だれにでも、私財さえ投じて。
「武器を持って国外に出るというのは絶対にだめ。大反対です。軍隊などとんでもない。憲法9条は守り通さなければいけない」
発言や取り組み、その影響力は立場や党派を超えて大きな広がりをもちました。自身の体験をもとにしたアニメ映画「うしろの正面だあれ」は子どもから大人まで反響を呼び、戦争体験を語り継ぐ東京・上野公園での集いは千人規模に。
また、接した人びとを大事にする生き方でしょうか。筆者もこれまで何通もの手紙をいただき、励まされました。
いま、特定の国を名指しし、戦争をあおる潮流がばっこしつつあるように見えます。この時流に流されず、戦争放棄の憲法9条の理念を草の根から生かし抜く。海老名さんの「平和いつまでも」の遺志にまっすぐ応えたいと思います。
アニメーション「ペリリュー 楽園のゲルニカ」を観に行きました。予想した以上の人が詰めかけ、若い人も少なくありません。私の前の席には大量のポップコーンを手にした母親と中学生が着席。この反響は主役の声が若手人気俳優だから、試写会に愛子さんが参加した話題の作品だから等々考えるうちに、上映が始まりました。
映画は第二次世界大戦の日米戦で、1万人の日本軍が最後まで残ったのは34人たらずだったというパラオ諸島ペリリューでの激戦を描写。ほのぼのとした人物像とは不釣り合いな、傷病兵が仲間の兵士から殺される場面など狂気やむごたらしさを痛烈に伝えます。
生き残った主人公が戦友の遺骨を抱えて実家にたどり着くという、希望も感じさせつつ終わりましたが、いっしょに観に行った孫の感想は、「ぐろい映画だった」。戦争はグロテスクそのものであり、平和の尊さはとの思いをいやがおうにも抱かせる内容だったのでしょう。
いま、軍事費が増強され、「台湾有事」や「核保有」の発言が相次ぐなど、新たな「戦前」とも思えるような政治状況が社会を覆っています。戦争を経験していない政治家たちはミリタリーゲームを行うかのようなノリの感覚で、戦争をあおっていないか。
「ペリリユー」は、今回足を運んだ人々が戦争を正面から考え、好戦的な政治状況にも対峙しうる作品となったことは間違いないでしょう。
スピーチでは、米ロの核実験再開の表明について、新たな核軍拡競争で人類がいっそう脅かされると批判。唯一の戦争被爆国の日本は核兵器禁止条約に参加し、世界の核兵器廃絶の流れを進める大事なときだと訴えられました。
「あの戦争で東京の実家が焼けてしまった。戦争は絶対だめだ」と発言したのは、通りかかった海老名市の93歳の男性。夫婦で核兵器禁止条約署名にサインしました。
参加者の感想では、「女子高生と20代の女性が核兵器禁止署名に応じた。いま核兵器問題は若い人にアピールできる」との確信が語られました。