「あのときのおにぎりが忘れられないんですよ。みなさんの親切なお気持ちが伝わってきて、とってもおいしかった」
ある市民団体の講演会の終了後、会場の一室で講師の海老名香葉子さん(エッセイスト)を囲む懇親会が開かれました。手料理が並ぶ、なごやかな集いを懐かしむように振り返っていた海老名さんが亡くなりました。92歳。
1945年の東京大空襲では父母ら家族6人が犠牲に。戦災孤児となり、「歯ブラシもなかったので、歯を手で洗う毎日」でした。でも負けなかった海老名さん。痛苦の戦災体験をエネルギーに、戦争反対・平和の尊さを憲法も力に訴え続けました。いつでも、どこでも、だれにでも、私財さえ投じて。
「武器を持って国外に出るというのは絶対にだめ。大反対です。軍隊などとんでもない。憲法9条は守り通さなければいけない」
発言や取り組み、その影響力は立場や党派を超えて大きな広がりをもちました。自身の体験をもとにしたアニメ映画「うしろの正面だあれ」は子どもから大人まで反響を呼び、戦争体験を語り継ぐ東京・上野公園での集いは千人規模に。
また、接した人びとを大事にする生き方でしょうか。筆者もこれまで何通もの手紙をいただき、励まされました。
いま、特定の国を名指しし、戦争をあおる潮流がばっこしつつあるように見えます。この時流に流されず、戦争放棄の憲法9条の理念を草の根から生かし抜く。海老名さんの「平和いつまでも」の遺志にまっすぐ応えたいと思います。