自宅と隣家の横に、ともに使用する一画があります。先日、帰宅すると、隣家の主の姿がありました。少し前、当方が同地の雑草を取ったので、こんどは自分がという思いだったのでしょうか。
腰を下ろして、雑草を取る姿はたいへん小さく見えました。外出時には杖をついてゆっくり歩き、最近は外出も控えているようです。申し訳なく思い、声をかけました。「暑いですね。また私もやります」
翌日、残された雑草を取りました。主が取りまとめた雑草の上に置くと、丸く盛り上がり、“共同作業”の証のように見えました。
腰を下ろして、雑草を取る姿はたいへん小さく見えました。外出時には杖をついてゆっくり歩き、最近は外出も控えているようです。申し訳なく思い、声をかけました。「暑いですね。また私もやります」
翌日、残された雑草を取りました。主が取りまとめた雑草の上に置くと、丸く盛り上がり、“共同作業”の証のように見えました。
直筆で、「大変恐縮している」と記された丁寧な文面。忙しい毎日であろうにと思うと、感心するばかりでした。
Tシャツは引き続きラジオ体操時などに愛用し、着心地は良好です。
老舗企業で働く人の気概とあたたかさに触れる機会になりました。
11人が参加。「生かそう憲法9条」「くらし破壊の大軍拡NO!」などの手書きポスターをサイレントで掲げるとともに、憲法改悪を許さない全国署名を呼びかけました。
特筆したいのは、参加者のAさんが初めて署名板を持ち、憲法署名を呼びかけたことです。
Aさんとの出会いはやはり駅頭宣伝でした。2年ほど前、たまたま通りかかって憲法署名にサイン。そのご、憲法講演会などに参加するなど交流を重ね、駅頭宣伝にも参加するようになりました。
宣伝終了後、Aさんが感想をこう話しました。「50代の女性から、『どこかの政党の取り組み?』と尋ねられたので、平和を守る一点で第2土曜日に取り組んでいると説明し、署名に応じてくれました」
同行動ではスピーチを行ったSさんの感想も心強いものでした。「しどろもどろで恥ずかしいです。でも、少しずつ抵抗はなくなってくるものですね」
与党が改選過半数の議席を得た参院選。改憲を急ぐ発言が続いています。しかし、民意を読み違えてはならないし、憲法を守る草の根の市民運動でも新たな前進が生まれています。
ラジオ体操会場の相模国分寺跡広場=写真=のすぐ横に、14階建てのマンションが建てられようとしています。高さ43㍍。現在、周囲にそうした高さの建造物は皆無です。Nさん宅はマンション予定地に隣接しています。
相模国分寺は、741(天平13)年の「国分寺建立の詔(みことのり)」により、海老名に建立されました。諸国の国分寺でも珍しい法隆寺式の伽藍(がらん)配置で、東西240㍍、南北300㍍以上という広大な寺域でした。1921(大正10)年には礎石や基壇の一部が残っていたことから、国の史跡となりました。
現在、緑の芝生が広がり、開放感があふれる同史跡広場。青空を広く仰ぐことができ、丹沢の雄大な山並みも望めます。子ども盆踊りやお茶会の会場として、また、能の舞台としても使われています。市民に親しまれる貴重な歴史的資源にほかなりません。
海老名市の景観条例に基づく景観推進計画(2009年)でも、「本市の景観の基盤」と位置づけられ、周辺の建造物には「突出しない高さとする」と、事実上の高さ規制が課せられています。今回の建設業者にも、コンプライアンス(社会規範遵守)が求められることは当然でしょう。
地元の自治会が「国史跡の景観を守ろう」と署名運動に立ち上がっています。署名の呼びかけ文には、「悲観も楽観もせず、たんたんと進めます」と記されています。
一つ、気がついた。通常は縫い合わせている脇下の両サイドに縫い目がない。なぜだろう?。製造元の会社に電話をかけると、応対したTさんの説明が丁寧だった。
丸い円柱状の反物をサイズごとに裁断しているという。反物のロスが少なくて済むし、縫い目がないほうが肌に触れたとき、ストレスがかからず、着心地もよいはずと。加えて、襟元が「ダラーと伸びないように」縫っていることもこだわりだと話す。
同社のTシャツは「日本製の原点」が売りだ。1950年代半ば、まだTシャツという呼び名が広く知られていない時代、「色丸首」というTシャツの先駆けを縫い上げた。
きっかけは、空襲で焼け野原になった東京に駐留した米軍の兵士が着ていたシャツだった。それまで下着とされていたシャツだが、「染めると、外出着になる」との発想が生まれたという。大手との競争もあり、「つらいときもあった」が、実直に日本製Tシャツの専門店としてモノづくりに励む。
「最近は日の目がちょっこと見えたかな」と話すTさんに、ラジオ体操などに着て行くと体を動かしやすいですよと伝えた。「ありがとうございます。こんど店にぜひお寄りください」と明るい声が返ってきた。